認知の歪み|オールオアナッシング・過度なステレオタイプ化

自分に対する自信のなさは、周囲の人や物の見え方にも大きな影響を及ぼします。

全か無か思考-オールオアナッシング/スプリッティング

まずはオールオアナッシング思考について触れていきます。

オールオアナッシングとは・・・

スプリッティングともされ、グレーがなく、物事を全てを白か黒かで認識するという、誤った二分法を用いること。オール・オア・ナッシング(all-or-nothing)であり、少しでもミスがあれば完全な失敗だと考える。真実でも、真実らしくもない場合でも、常に(”always”)、すべて(”every”)、決して(”never”)などといった言葉を使うのが特徴。

つまり、物事を「善か・悪か」「できたのか・できないのか」「0点なのか100点なのか」といったような、

2分法でしか見ることが出来ないということですね。

極端

例えば営業で、今月の売上の目標が100万円だとして、90万円まで売ることが出来た、

でも100万円に到達しなかった、こんな状態でも、全か無か思考の人からすれば、ただの「失敗」にしかなりません。

90万円まで売り上げるプロセスの中で、営業のスキルが向上したかもしれない、

オリジナルの営業ツールを生み出したかもしれない、お客さんとの良い関係づくりが出来たかもしれない、

そういったプロセスにおける生産には目を向けず「失敗」とします。

これではいつまでたっても自信がつきません。

自信がなければ、自己受容もクソもあったもんじゃないので、気づきの壁でやはり止まってしまいます。

全か無か思考の、周りに対する影響

私が小学校の頃、学校の先生でまさにこんな感じの女性がいました。

幸い私の担任ではありませんでしたが、その先生が担任のクラスでは、

合唱コンクールに向けて「勝たなければ意味がない」と、毎日のように生徒を怒鳴りつけていたのを覚えています(;・o・)

結果的にそのクラスは合唱コンクールで優勝しましたが、だれよりも先生が喜んでいました。

生徒たちの顔は曇り切っていました。

このように、全か無か思考の人は、自分に対しての水準が厳しいだけでなく、

周りの人間にも同様に高い水準を求めます。

そしてほとんどの場合、周りの人たちはこの全か無かの要求水準に応えることが出来ません。

そして全か無か思考の人は周りの人に「使えない人間」というレッテルを貼り

「どうして私は人に恵まれないんだろう」と、被害者のフリをします。

本当は自分が周りの人間たちをダメにしている加害者なのに、です。

全か無かの2分法では、気に食わないことがあったら全て「ダメ」になってしまいます。

完璧な人間なんてこの世にはいないので、ほとんどが「ダメ」な人間になってしまうでしょう。

そうすると、周りの人も、その2分法の期待に応えることに疲れてきます。

全か無か思考の根本的な原因

二択

なぜこんなにも2分法で物事を見てしまうのでしょうか?

それは「自信のなさ」からくる、「防衛本能」です。

自分が傷つかなくて済むための方法、ということですね。

自分が基準の二分法の世界で見ると、2分法とは言えほとんどの物・人が無価値な存在になってしまいます。

この無価値というレッテルを貼る行為が、全か無か思考の人にとって大事なのです。

例えばこの人は私を裏切らない人だ!と考えて人と付き合い、

結果的に裏切るようなことをしてしまったとします。当たり前ですが、傷つきます。

この時、高いところから低いところに落とされるわけですから、とてつもないダメージを受けます。

自信のない人は、このダメージが怖いのです。

だから高いところに登らない、極力低いところに自分を置いておくために、

周りの物・人に期待をしないのです。

まぁ、期待をしないのであればまだマシなのですが、それだけでなく、

「どうせ意味がない」 「どうせ私を裏切る」 というマイナスのレッテルを貼ってしまいます。

そう考えておけば傷つくこともありません。 そのための2分法です。

ですが、2分法を用いている限りは自信がつかないため、この無限ループに陥ってしまいます。

全か無かの改善方法

チャンス

まずは自分が全か無かの判断をしているということを自覚することです。

そして周りの人を苦しめている、ということに向き合いましょう。

それが出来たら、2分法の世界からはほとんど抜け出せたと言っても過言ではありません。

後はただただ、2分法で物や人を見ないことです。

例え90万円の売り上げでも、そこで得られたプロセスに価値を見出す(実際に書き出す)

人にはいい面もあり、悪い面もあるといった or ではなく andで物事を見る

悪いことではあるけども、本人が損をするだけなんだから別に良くない?といった曖昧思考を持つ

こういった思考のクセを持つことで、2分法を卒業することが出来ます。

是非試してみてください。

一般化(ステレオタイプ化)とは

孤独

自信のなさが原因となる、物事に対する考え方・受け止め方の歪みは

オールオアナッシングのみではありません。

(過度な)一般化思考と呼ばれるものも存在します。

一般化とは、1つの事象がその集団全てに当てはまるように解釈することです。

言葉にすると難しいですが、それ自体は誰でも経験のあるものかと思います。

例えば、

○○中学校の生徒が万引きをして逮捕された。

だから○○中学校の教育はよくない。

みたいな話って、どこでもありますよね。

大阪人はみんなノリが良くて面白いとか、

東京の人はみんな冷たくて怖いとかもそうです。

別名ステレオタイプ化とも言いますが、一般化とはこのように私たちの生活の中にありふれています。

では認知の歪みとして取り上げられる、

過度な一般化思考との違いは何でしょうか?

過度な一般化思考とは

左倣え

起きている事象は一般化思考と同じです。

ある事象を取り上げて、あたかもすべてがそうであるかのように考えます。

問題なのは、これが個人の頭の中で、大規模に行われることが問題なのです。

例えば、

会社に出社したときに、受付の子が笑顔で挨拶をしてくれなかった。

私のことが嫌いなんだ。ならばこの会社の人はみな私のことが嫌いに違いない。

事務仕事でミスをしてしまった。だから数字は嫌いなんだ。

私には事務作業なんか向いていない。もう2度とやりたくない。

お客さんに対するアンケートで、「不満」に丸を付けられてしまった。

お客さんは皆不満を抱えているに違いない。もうお客さん相手の仕事はしたくない。

といった具合に、です。

結論への飛躍ともいいますね。

全く確証がなく、他の人から荒唐無稽に思えるような一般化ですが、

言っている本人は大真面目です。

過度な一般化思考の弊害

悩む人

当然ですが様々な弊害が生まれます。

例えば人に対する一般化が行き過ぎた場合、

「私はこの人に嫌われているに違いない」と考えれば、

やはりその相手に対して、露骨なよそよそしさが出てしまいます。

よそよそしくされた相手は、「この人はどうしてよそよそしいのだろう?私のことが嫌いなのかな?」と考え、相手も自分に対してよそよそしくなっていきます。

そうして、人と人の距離感が広がっていきます。

仕事に対しての一般化が行き過ぎた場合、

事務作業での失敗体験を理由に、もう二度と事務作業なんてしたくないと言えば、チャンスが遠のきますね。

先輩が任せてくれた仕事、先輩からしたら他愛のないミスなのに、「もうやりたくない」なんて言われたら、先輩はどう感じるでしょう。

なんだかんだ理由をつけて仕事をしたくない、「ただのワガママな人間」として映ってしまいますよね。

過度な一般化思考の原因は?

転ぶ

ほとんどの場合、過度な一般化思考の原因は、「失敗をしたくない」という欲求です。

もっと根源的なところを言えば「人に認められたい」という欲求と言えるでしょう。

「失敗⇒人が離れていく」という強烈な考え方が根深いです。

本来、成功の反対は失敗ではないはず

でも一般化思考の人は、ある種オールオアナッシング的に物事を見ますから

成功=良いもの。人に認められるもの。 失敗=ダメなもの。人が離れていくもの。

このように認知をしてしまっています。

物事をステレオタイプ的に見れば見るほど、

現実というものが見えなくなり、適切な判断が出来なくなってしまいます。

結果的に失敗をする割合も増えてしまい、マイナスのループに陥ってしまいます。

過度な一般化思考を脱するには

前回の記事と同様、こちらも自己受容です。

確証もないのに事象を決めつけている、それを他の者に対しても適用してしまっているということを受け止めましょう。

それが良い悪いではなく。

自分が一般化思考をしてしまっているということに向き合えたら、

まずは失敗という考え方を変えてみましょう

こちらの記事でも書いてありますが、失敗とは成功への道のりにあるもので、教訓です

信頼のできる人に、自分の考えをオープンにして、人の判断を聞いてみること。

お客さんにアンケートを取ったら、結果があまり良くなかった。

他のお客さんにも嫌われているに違いない、といった具合に自分の考えを打ち明けてみましょう。

「それって考え過ぎじゃない?」と言われた場合、

その時は、素直にその意見を受け入れてみましょう。

他には、ちゃんと事実を見極める、確証を拾い集める努力をすることも大事です。

受付の子が笑顔で挨拶をしてくれなかった、というのはたまたま忙しかっただけなのかもしれません。

次の日は自分から、笑顔で、目を見て挨拶をしてみる。それでもダメならその次の日も。

どうしてもだめなら、その子の近辺に聞き取りをしてみてもいいかもしれません。

「あの子なんか悩み事があるみたいよ」という、自分が原因ではない可能性だって、十二分にあります。

まず過度な一般化思考をする人は、

「自分が考えすぎだった・・・」とホッとする経験や、取り越し苦労をして疲れ果てる経験を多数お持ちのはずです。

どちらかというと、ほとんどの場合自分の考え過ぎの習慣が出ているんだ、という風に、

そっちの方を一般化することが出来たら、それが解決の合図ですね。

過度な一般化思考についても、自分を守ろうとする防衛本能です。

考え方を変えることで、そのほとんどが解決に向かいます。

是非試してみてください。

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