期待しない生き方 | 自分以外の人にイライラしない方法

私の最近あった出来事です。

20代の後半くらいまで?はいつもいつもイライラしていて、

結構感情に任せて行動していた気がします。

 

それがついこの前、「寛大ですね」と、とある人に言われました。

 

確かにちょっとしたイライラは頻繁にあります(笑)が、

本気で感情の赴くままに爆発することは、ここ数年ありません。

 

どうしてイライラしなくなったのだろう?

そう考えると、私が尊敬する、とある人の姿が思い浮かんできました。

 

その方は私の元上司の男性で、今は独立して塾をやっている人です。

今の私と似ていて、ちょっとしたイライラはあるものの、キレた姿なんて見たことがありません。

私が知っている限り、かなりの回数周りの人に裏切られる経験をしていますが、

悲しそうな姿は見せるものの、そこに対してキレるようなことはありません。

 

昔、その人に尋ねたことがあります。

「ムカついたりしてキレることってないんですか?」と。

 

その時に帰ってきた答えが、

「俺は人に期待してないから」という答えでした。

 

「それって教育者としてどーなの?」と当時は思ったものです。

この記事を読んでいる方も、「なんて冷たい人だろう」という印象を持つかもしれません。

 

彼はこう続けます。

「皆を信頼してる。ただ期待していないだけ。」・・・と。

 

私は頭の中が「???」状態でしたが、

次第にその謎は氷解することとなりました。

 

期待するということは、「このように動いてほしい」という理想が頭の中にあることです。

例えば、食事を奢ったのだからちょっと頼みくらい聞いてほしいとか、

生徒で言えば、一生懸命教えてるんだから、テストでいい点とって来いよとか、

男女で言えば、最高のデートコースを用意したんだから、告白したらOKしてよとか。笑

 

でも、これって裏を返せば、最初から相手が期待通りに動くつもりがなければ、

自分は相手に対して何もしないってことですよね。

期待をするってことは、条件付きで相手のために動いてあげている、ということになってしまいます。

 

これは世間で言う、信用です。

英語で言えば、クレジット。クレジットカードのクレジットです。

「収入がある」という条件付きで買い物が出来るヤツです。

 

信用、というスタンスで人と付き合っていると、

思い通りに動いてくれない時についイライラしてしまいますし、

イライラの感情に振り回されることになります。

 

だから信用ではなく「信頼はする」という表現を、彼は使ったのでしょう。

 

 

ちなみにこの「信頼」とは、最近流行りのアドラー心理学では、

「一切の条件を付けずに人を信じること」とあります。精神的な、信じて頼り・頼られという意味ですね。

そこに「条件」や「見返り」のにおいは一切しません。

「依存」ともまた違います。「依存」では「その人がいないとダメ」という状態になり、

結果的に「その人がいること」が条件になってしまいます。

信頼とは、自立した人間同士の、気持ちのつながりを意味します。

 

「あの人なら次のプレゼンはきっと大丈夫!」という言葉も、

信用的側面で言えば、

「あの人なら次のプレゼンはきっと大丈夫!(私に迷惑をかけず、ちゃんと契約を取ってこの課に利益をもたらしてくれる)」となります。

信頼的側面で言えば、

「あの人なら次のプレゼンはきっと大丈夫!(結果は何があっても皆で受け止めるから、皆で応援しよう!)」みたいな感じですね。

 

同じ言葉でも、普段から見返りを期待している人がその言葉を発すれば、

とってもいやらしい言葉に聞こえますし、

信頼関係を構築できる人が発すれば、素晴らしい言葉に変わります。

 

単に知識があるだけでは、やはり社会人は務まりませんね。

 

どうしてもイライラが収まらない、この記事を読んでいらっしゃる方、

イライラの対象は何ですか?

あなたは、その対象に何を期待していますか?

その期待を一回止めてみたら、イライラは一気に解消するかもしれません。

 

 

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