因縁果 | 世の中に矛盾なんて何一つない

人間関係の悩み、給料の悩み、業績の悩み、

社会人に悩みは尽きません。

悩みは、放っておいても解消なんてしません。

自分がアクションを起こし、現状を変えることが手っ取り早いです。

 

人間関係でお悩みなら、見方を変えてみるとか、

給料でお悩みなら、まずは給与体系を知ってみるとか、

業績でお悩みなら、結果が出るよう自らが成長をしてみるとか。

 

それこそがこのブログの趣旨ですからね。

(もちろん、例外もありますが)

 

成長のお話でもさせて頂きましたが、

基本的には「自己責任の考え方」が人間を大きく成長させます。

ただ、「自己責任の考え方」って、果たして成長のためだけに、

身につけなきゃいけない考え方なんでしょうか?

 

私はそうではないと思います。

 

因縁果

物事には原因があって、そうなる条件があって、結果があります。

種があって(因)

生育の条件があって(縁)

身がなる(果)

という考え方です。

これを仏教用語で「因縁果」と言います。

See ⇒ Do ⇒ Getでも似たようなお話をさせて頂きましたが、

また別の角度からお話をしていきたいと思います。

 

塾で働いているもので、結構な保護者さんからお悩みの相談を受けます。

 

ある保護者さんは、「子供が勉強をしないので、イライラしてしょうがないんです」との事でした。

お悩みをひたすら聞くも、無限ループに陥ります。

勉強をしない⇒イライラする⇒勉強をしろと言う⇒勉強をしない⇒イライラする・・・

そこで、この「因縁果」のお話をしました。

子供にイライラしてしょうがない現実を「果」とすると、

因に当たるものは何ですか? と質問しました。

 

それは「子供が勉強をしないからでしょう」とのお答えでした。

この保護者さんもそうですが、多くの方は「因」と「縁」を取り違えています。

このケースの場合、「子供が勉強をしない」というのは縁です。

ならば、どうして子供が勉強をしないのでしょう?

それは、因があるからです。

 

「勉強をしないと人生が終わってしまう」という考え方、

「子供が勉強をして当然」という考え方、

「子供は親の言うことを聞いて当然」という考え方、

それこそが「因」です。

 

子供だって一人の人間で、親の操り人形やロボットじゃない。

そう考えれば、縁は生まれてきません。

そんなお話をさせて頂いたら、

明らかに不服そうなご様子でしたが・・・(苦笑)

 

でも「勉強しなさい!」という声がけを止めて頂いたようで、

お子さんの成績は一気に伸びました。

 

別の例で行くと、

自分の後輩が、自分の言う事を聞いてくれない。

自分の言う事を聞いてくれないから、自分のチームで結果が出ない。

 

結果が出ないから、自分がいつまでたっても評価されない。

いつまでも自分が評価されない、という「果」があるなら、

後輩が言う事を聞いてくれない、チームの結果が出ないというのが「縁」です。

 

そうすると、「因」に当たるものは何でしょうか。

後輩がいう事を聞いてくれないのはもしかしたら、

・まず後輩との信頼関係が築けていない

・指示内容の必要性がわからない

・指示出しが不明瞭

・モチベーション管理が曖昧

 

そんな理由が因として挙げられるかも知れません。

「自己成長」というきっかけで、自分に原因がある、と考えてみるのも

きっかけとしてはアリでしょう。

 

でもこの因縁果の考え方に照らし合わせれば、

おのずと責任の矢印は、自分の方向に向きます。

 

現実世界には、矛盾したことなんて起こりません。

全てが因縁果で結びついています。

 

例えば夢の中・妄想の中なら、唐突にありえない出来事が起こりますが、

現実はそうではありません。

 

得たい結果が得られない時、

自分が望むものが手に入らない時、

 

そんな時は、大元にある原因を探ってみましょう。

 

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